介護保険
2007年07月08日(日)
母の介護保険の期限が今年の8月31日と迫りました。
「介護1」という判定が出て2年半が過ぎようとしています。
神戸に来てもうすぐ2年。
買い物同行という名目で、
ヘルパーさんには、母のお散歩に同行してもらいました。
入院生活で衰えた筋力を回復する目的と同時に、
外の世界に目を向けてほしかったからです。
母のホームの近くにお花好きな方の家があり、
あまり広いとは言えない庭やフェンスには所狭しと
色々な季節の花が咲いていました。
もともとお花が好きな母はその前を通るのが楽しみになりました。
1年前からはヘルパーさんなしでも一人で買い物に出たり、
私の家まで洗濯に来たりできるようになり、
事実上介護保険を利用していませんでした。
介護保険の延長を申請する用紙が送付されて来ました。
ケアマネージャーさんからは、主治医の意見書があれば、
要支援くらいは取れるのではないかと思うと言われましたが、
神戸に来てから母のうつの主治医はいません。
父が亡くなったことが原因だとハッキリしていましたし、
どんな薬でも回復してきた時は副作用の為に体調不良になります。
依存する対象をなくしたことが母のうつの原因でしたので、
私がその代理を務めることを覚悟し、
あえて母を受診させることはやめました。
それが正解だったことは今の母を見れば明らかです。
埼玉に住む妹とも相談して、要介護の延長を申請することはやめることにしました。
母もおおむね賛成でしたが、
「この年で今まで続いていたことをやめるのは、
ちょっと不安があるわね」と言いました。
その言葉は本音だと思います。
年を取っていくうちにまたいつか要介護状態になることは十分に考えられますが、
それまでは自分の力で生きている時間をすごして欲しいと思います。
もちろんその為に私や家族の協力は必要です。
要介護という杖をなくした母が、
この先どう出るのか不安でもあり、期待もあります。
私が母の乗る自転車の補助輪になろうと思います。
昔自転車に乗る練習をした時、
父が後ろから荷台をつかんでいてくれて、
「大丈夫だからしっかり漕いで!」と言ったのでそのその言葉を信じていて、
ふと振り返ったら父は遠くにいて自分ひとりで乗れたんだ!という風景を思い出します。
「持っててあげるから前向いて、と言ったのにぃ」と思いながらも、
自分ひとりで乗れたという自信と満足感。
母にも味わって欲しい。
育児で学んだことはすべてに通じる、と最近思います。

2007-07-08 20:11 | 記事へ | コメント(2) |
| ★高齢者のうつ |

 

ニックネーム:mkfamily
性別:女
海の見える家で暮らしています。通信制大学で心理学を勉強し、2011年春卒業しました。

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